★Novel >> 甘い罠/桐村 香猫

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 ある日の昼下がり、俺は変なモノに遭遇した。
 ただ単に、普段通り、友人の家の扉を開けた筈だったのに。

 ――ぽす。

 突然、全身に受けた柔らかな感覚に驚いて廊下に一歩退いた。
 目の前は部屋がなかった。
 正確に言えば、入り口は役目を全うせず、障害物に覆われていた。
 それは薄桜色の毛の長い絨毯らしき壁掛けで、扉のすぐ奥にかけられているようだった。
 その毛布は温かく、触れると弾力性に富んでいる。
 しかも、なにやら規則的に動いていた。

 嫌な予感がした。

「……おい」
 絨毯を押すが、すぐ押し返されてしまう。
 俺の肩の上で空色をした鼠の使い魔が首を傾げた。
「ちゅ?(どうしたの?)」
 俺と使い魔仲間にしか伝わらない言葉で、ちぃーちゃんが問いかけてくる。
「入れないんだ」
「ちぅうー? ちゅ……?(じゃあ、今日のおやつは帰って食べるの……?)」
「いや待て。おやつに誘われてここに来たんだから、締め出される理由が分からないと納得できない」
 そう、俺とちぃーちゃんは、黎明から三時のおやつにお呼ばれしたのだ。
 先程、「今日のおやつがもうすぐ出来るからね」と連絡を貰ったばかりだった。
「ちぅ……(どうしよう……)」
 ちぃーちゃんのお腹が鳴る音がした。小さい身体の彼は、昼を食べたばかりだが、すぐ空腹になってしまう。満腹になるのも早いのだが。
「待ってろ、すぐ食わせてやる」
 俺は反対側の壁から助走をつけると、絨毯を突き破らんばかりに勢いよく謎の物体にぶつかった。

 ――ぼよーん。

 激しく、むき出しのコンクリートの床に投げ出されてしまった。
「だ、大丈夫か」
「ちぅ!(うん!)」
 ほっとして彼を撫でてやりながら立ち上がると、傍に見知った人物が立っているのに気がついた。
「やぁ」
 あまり逢いたくない人物だった。
「……な」
 絶句する俺には構わず、灰白色の髪の彼は人のよさそうな笑顔で俺の肩に話しかける。
「久しぶりだね、元気だったかい? 相変わらず可愛いね」
「ちぅ?(僕?)」
「あ、今クッキーの欠片があるんだ。食べるかい?」
 慌てて、身を引く。
「ちょ、ちょっと待で……」
 声が上ずった。
「鼓吹(コスイ)、俺のちぃーちゃんに変なモノ与えるな。どうにかなったら一生恨むからな」
 鼓吹の肩にも使い魔の雪色の蛇、三線(サンシン)がいるのだが、彼は諦めたように苦笑していた。
「ひどいなぁ、ユエ君。まるで僕が危ない人みたいじゃない。人聞きが悪いからやめてくれない?」
「事実だろ」
 こいつは叩くと埃がたくさん出てきそうだよ、と思いながら自身の身体についた汚れをはたいた。
 動揺を隠して、鼓吹に向き直る。
「……で、こんなところで何してるんだ?」
「やだなぁ、黎明君にお呼ばれしたんでしょ? さっきまで彼の使い魔たちと一緒にクッキーを作ってたんだよ。焼きあがるの待つ間、部屋に戻ってたんだけどね」

「なんだって!」

 俺は部屋の入り口を見た。先程と殆ど変わらない光景だった。
「まさか……」
 絨毯を触ると、やはり温かい。
 強くくすぐると、クスクス笑い声がした。

 ――ここから先は容易に想像ができた。




「ご主人様ー! チンって言ったよ!」
「あ、じゃあ出してくれる?」
「はぁーい!」
 今日のシルヴィは珍しくお手伝いを率先してやっているのでした。
 普段もやってくれれば申し分ないのですが、昨日から風邪気味なクマタンの代わりにと、「出来ることをする!」と公言したので、ご主人様は彼に仕事を振り分けてあげていました。
 レンジは熱いので、シルヴィは一生懸命にクッキーを取り出します。
「よいしょ、よいしょ……出来た!」
 しばらくかかりましたが、居間のテーブルの上になんとか置くことが出来ました。
 お皿も置いたので、あとは移し変えるだけです。
「……ちょっとだけ」
 シルヴィは頑張ったので少しご褒美が欲しくなりました。
 いつもならクマタンが「我慢ー!」と止めてくれるのですが、今日は不在なので行動は止まりません。
 甘いバニラエッセンスの香りのする小さな欠片を口に含みます。
「もうすぐ、皆来るからね。キリチョはまだ寝てるみたいだから来れないと思うけど――」
 ご主人様が台所から出てきた時には、全てが起こっていました。

「助けてーご主人様ぁぁぁぁ!」

 そこには、巨大化した使い魔が居間を占領していたのでした。




 扉が普通に開いたのは、おやつの時間を三時間ほどオーバーした頃だった。
 鼓吹の持ってきたエッセンスは彼の研究していた魔法薬だとすぐ判明したが、鼓吹は悪びれる様子もなく、
「可愛いものは大きくなったって可愛いと思うけど。ふかふかで温かいし、暖房機も要らないと思わないかい?」
 と周囲にしばらくの間、盛んに自分の意見を鼓吹していた。
「むー駄目だよぉ、つまみ食いは!」
 元気になったクマタンが後日シルヴィに怒ったと聞いたが、身勝手な俺は少しだけこの兎に感謝した。

 ……ちぃーちゃんが実験に使われなくって、本当によかった……


END(苦笑)


名前は以下の意味があります。

※鼓吹……(鼓吹は昔、人にあげた作品で革命家の女性につけた名前。2の意味が強かった。結構好きな名前だったりする)
1・くすい 【鼓吹】
(1)奈良時代の、鉦鼓・笛を主楽器とする軍用の音楽。また、その楽器。つづみふえ。
(2)鼓や笛を奏すること。楽器を奏すること。こてき。
2・こすい 【鼓吹】
〔太鼓をたたき、笛を吹く意から〕
(1)励まし、元気づけること。鼓舞。
(2)意見を盛んに主張し、他人を共鳴させようとすること。

※三線……(蛇だから・爆)
さんしん【三線】
沖縄の撥弦楽器。三味線のもとになった楽器で、黒檀・紫檀・桑などの棹(さお)に、蛇の皮を張った胴を付ける。撥(ばち)は用いず、人差し指に義甲をはめて弾く。一四世紀後半に中国の三弦が伝来したもの。三味線。蛇皮線(じゃびせん)。


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