★Novel >> ふわふわでふかふかで/桐村 香猫

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 扉を軽くノックする音がします。
 黎明はおやつに作ったクッキー片手に、扉を開けました。
「だぁれ?」
 コンクリートの廊下には誰もいないように見えたのですが、彼の長い服の裾が引っ張られる感覚を感じ、下を見ました。
 そこにいたのは、真っ白な、ヌイ族の子熊でした。
 身体に合わない大きなリュックを背負い、もじもじして立っています。
「あれ? 君は――」
「この前はありがとうございました!」
 深々と頭を下げると、今度は微かな呟くような声で。
「あのね……」
「え?」
 そして、小さな彼は意を決したように、
「弟子にしてください!」
 と叫んだのでした。


「だから、僕には魔法使いの弟子なんて取れないよ。まだ僕自身が師匠についている弟子なんだから」
 黎明のクッキーを食べながら、クマタンは首を振ります。
「でもね、先生になって欲しいの……」
 つい先日、街で迷子になっていた彼を助けて駅まで連れて行ったことがあるだけでした。
 途中襲ってきた魔物を退治したこともありましたが、まさかそれを見て弟子にして欲しいと訪ねてくるとは思いもしません。
「ヌイ族の村でも魔法使いはいるでしょ? 僕でなくっても……」
「駄目なの! 強い魔法使いになりたいの!」
 頑固だなぁと困るの黎明の傍で、三つもピアスをした、目に傷のある黒猫が珈琲を飲みながら、「いいんじゃないの?」と苦笑しました。
「いいって……」
「お前も使い魔が欲しいって言ってたじゃないか。ちょうどいい」
「ヌイ族は使い魔じゃないって。それに使い魔は僕に作れって言ったキリチョじゃない」
「でも」
 キリチョは諭すように言いました。
「思いつかないんだろ? どんな使い魔にするのか。この子と一緒にいたら何かインスピレーションが沸くかもしれない」
「そんなぁー」
「ま、これも経験だよ。頑張れ」
 まるで人事のように、キリチョは笑いました。


 黎明の家に居候をしたクマタンは、とても真面目で一生懸命でした。
 ドジも多いけれど、その真摯な姿に、黎明はすぐに彼が大好きになりました。
 それに――何より可愛いのです。
 ヌイ族は目が愛らしい、縫いぐるみの姿をした種族です。ふわふわした身体は触れると温かくて、とても気持ちがよくなります。
 慕ってくれる存在に、一人っ子な黎明は弟が出来たような錯覚を覚えました。
「で、キリチョに言われた使い魔はどうしたんだ?」
 弟子仲間のユエ君が、クマタンを膝に座らせながら尋ねます。
「そうなんだよねぇ」
「いっそのこと、こいつを使い魔にしちゃえよ」
「そんな……キリチョみたいなこと」
 クマタンを使い魔に?
 黎明はあることを思いつきました。
「ありがと! 僕、これからやってみる!」
 突然やる気を出した友人に目を丸くしながら、ユエ君は「俺も頑張んないとなぁ」と呟きました。


「お茶〜」
 部屋にこもりきりの黎明に、クマタンはお茶を差し入れしました。
 ここ三日ほど、黎明はご飯の時間以外は「あること」に夢中でした。
 クマタンは何も知らされていませんでしたが、楽しみにしててねと言われたので、邪魔をしないようにしていました。
「ありがとう、クマタン」
 黎明の机の上には針や糸が散らばっていましたが、何を作っているのかクマタンにはさっぱり分かりません。
「じゃあ何かあったら呼んでねー」
 そのままクマタンは出て行こうとしました。
「待って」
 黎明はクマタンの背中にふかふかの毛皮らしきものを当てました。何やらサイズを測っているらしいのです。
「ん、いい感じかな」
「……ねぇ、何作ってるの?」
 どうしても気になったクマタンは尋ねました。
「明日には出来るから」
 振り向くと、もう当てられていたそれはどこにも見当たりません。
「一人で淋しいかもしれないけど、もうすぐだからね」
 黎明は笑顔でそう言うのでした。


 クマタンは揺さぶられる感覚に、ふと目を覚ましました。
 どうやらソファーで眠ってしまったようです。
 朝日が窓から差し込んできます。
「ふわぁ、もう朝かー」
 大きくあくびをして伸びをすると、同じ動きをする兎と目が合いました。
「!?」
 驚いたクマタンがソファーから落ちると、薄桜色の彼も落ちてしまいました。
「いったーい」
 お尻をぶつけたのか、さすりながらクマタンに笑いかけます。
「はじめまして!」
「えええ?」
 大きな赤い目が細められました。
「僕、シルヴィ! ご主人様が作ってくれたの!」
「おはよう、クマタン」
 部屋に入ってくる黎明は、寝ていないのか目を兎と同じく赤くしていました。
「この子……もしかして?」
「僕の使い魔を紹介するよ。まだこの子は何も知らないから、僕とクマタンで色んなこと教えてあげようね」
 クマタンは握手を求めるシルヴィと、微笑んでいる黎明を交互に見つめました。
「君がいなかったら、シルヴィは生まれなかったよ。ありがとう、僕のところに来てくれて」
 ――まだ未熟な僕だけど、一緒に頑張っていこうね。
 無理やり弟子になったクマタンでしたが、黎明にそう言われて、
「うん、頑張ろ!」
 とにっこりするのでした。


 その後、同様にクマタンをモデルにして使い魔を作るブームが到来したことはいうまでもありません。
「ちぅ〜!」


END


出逢いと誕生について。
よって、ちぃーちゃんはシルヴィより後に作られてます。どちらにしろ、器用。


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