★Novel >> 長いものにまかれよう/桐村 香猫
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今日はとても忙しい。 三線の脳裏に浮かぶ予定たちは、まるで喧嘩をするように顔を近づけてにらみ合っている。 何しろ、身体はひとつだというのにあらゆる場所での買い物が分刻みなのだ。 それというのも、彼のご主人様のおかげなのだが。 「鼓吹……もう、直前になってから言うの止めてください」 「悪いねぇ」 薄暗い研究室の奥の扉から、いつもの飄々とした態度の鼓吹の声がした。 「注文はしてあるから、後は受け取るだけなんだけどねぇ。手が放せなくなっちゃって」 奥へ進むには、山と詰まれた様々な実験道具を乗り越えていかなければならない。蛇のぬいぐるみを改造した三線の身体なら、うねうね這って行けなくはないが、あえて白い身体を汚してまですることではなかった。 「買ってきてくれたらご褒美あげるから」 「要りません」 ぴしゃりと尾を叩くように拒絶する。 「どうせまた私の身体をオーロラみたく虹色コーティングしたり、意味もない触覚をつけたりするんでしょ。私にとっては一切褒美でもないし、断固として拒否します」 「えー、(ブー)可愛いの(ブー)にぃ?」 声に混ざって甲高い機械音らしき謎の音が聴こえてきたが、いつものことだったので追及はしない。 「とにかく行ってきますよ」 コンクリートの剥がれた隙間から廊下に出ると、三線はひとりごちた。 「あの趣味さえなければいい相棒なんですけどね……」 蛇の姿であちこち買い物をするには大変だろうと思うだろう。 ところが三線には秘密兵器がある。 「だから、何で俺に声をかけるんだよ」 腕に絡まれたユエは、嫌そうに香龍の街を歩いていた。 彼の使い魔の、ネズミの姿をしたちぃーちゃんもユエの肩で「ちぅ〜」と抗議する。 「いいじゃないですか。買い物に行こうって、さっき黎明さんを誘ってたじゃないですか。彼には断られたんだから、私に付き合ってくださいよ」 「誘ったのは黎明であって、お前でも鼓吹でもない」 憮然と口を尖らせるユエ。 「まあまあ。そこは長いもの同士ということで勘弁して」 「は? 長いもの同士?」 「ちぅ!」 三線の胴体より長いユエの髪に掴まって、ちぃーちゃんが遊び始める。 毒気を抜かれたユエは頭をかきつつ、 「……悪気がないとこが似てんだよ、お前ら。 はいはい、じゃ何処へ行くんだ?」 と観念した。 迷路のような香龍の街の中を東西南北巡る。ユエの足でも、買い物を終わらせるのに二刻は経ってしまった。 荷物は糸や布ばかりだったため基本的には軽いが、何しろ量が多すぎた。彼の両腕と背中にも収まりきらず、三線は長い胴に幾つも毛糸を巻きつけてカラフルになった。鼓吹がこれを見たら、彼のインスピレーションだかイマジネーションだかを刺激してしまいそうで怖い。部屋に運ぶ際は止めておきたい。 「あいつ何をするつもりだよ、このキレっぱしでさ」 ユエは最後の洋裁屋にいた蚕の姿をした主人を思い出しては、身震いをする。苦手なのは昔から変わらないようだ。 「さあ。私は鼓吹の使い魔ですけど、彼の趣味や発明には関わりませんからね。その代わり、身の回りはしっかり見ていますけど」 「……確かに、お前の作る食事は美味いけど」 「久しぶりに作ってあげましょうか? ユエくんの好きなオムライスとか」 「んー……食べたいけど、鼓吹と二人きりは嫌だなぁ……」 「私もちぃーちゃんも居ますよ」 三線は器用に口と尾を使い、料理をする。手や足はなくともあるもので出来るものだ。 「まあ……あれば使いますけどね」 「何か言ったか?」 「いいえ、そろそろ夜になりますね。急いだ方がいいですよ」 西の山々に沈みかける太陽。反対側には薄い雲に隠れてはいたが月や星が見え始めている。 「やば、まだキリチョ帰ってないんだよ」 ユエは慌てて住まいである城砦の麓への道を走り出した。 「ユエく……あ、わて、すぎ」 腕に絡みついたままの三線は、ユエの動きについて行けず、思わず舌を噛みそうになった。 背負った荷物の中に居たちぃーちゃんもびっくりして、彼の服にしがみつく。 「わりぃ。でも、急ぐからさ」 ユエと黎明の師匠であり、鼓吹の友人であるキリチョは、自らの呪いを解くために、香龍を不在にすることがあった。 そして、時折城砦の奥から這い出てくる強い邪気に立ち向かうには、弟子のユエひとりでは危うい。 「はや、く、一人前、になってくだ、さい、よ」 彼も分かってるのだろう、眉をしかめるだけで反論はしない。 三線はもう何も言わず、ユエの腕により一層強く捕まって落ちないように気をつけることにした。 「……ちぅぅー……」 三線とユエの遥か後方から、何故かちぃーちゃんの声がする。 立ち止まり振り向くと、坂を転がっていく水色の姿が微かに見えた。落ちてしまったのだろう。 「っ! ちぃーちゃん!」 使い魔を目の中に入れても痛くないほど可愛がっているユエは、すかさず元来た道を逆行する。今度は、あまりの素早さに舌を噛んでしまった。 「ん!……んんー!」 痛いがそれどころではなかった。 ちぃーちゃんが転がっていく先、坂の終点に当たる突き当たりの壁に黒い影が見える。 太陽は既に届かなかったが、雲から現れた満月の光に照らされてしっかりと確認出来た。それは大きな口を開けて、小さなちぃーちゃんを今にも飲み込もうと待ち構えていたのだ。 「ちぃーちゃん、止まってくれ!」 しかし、コロコロと丸く、胴体にちょこんと突き出た手しかないぬいぐるみの身体は重力に抗えず、主人の悲鳴にも似た命令に従うことが出来ない。 「くそ!」 ユエは荷物の中から顔を出していた毛糸の束を取り、他の荷物は投げ捨てた。 赤くキラキラ光るラメ入り毛糸の先端だけを持ち、ちぃーちゃんのように丸い束を使い魔の元へ投げる。 小さく呪文を唱えると、ちぃーちゃんの近くまで転がった糸は、瞬時に跳躍して鼠を包み込み、坂の中腹で動きを止めた。 「はぁ……三線、ちぃーちゃんを頼む」 ユエは糸を巻くのを三線に任せ、坂を下り始めた。そのまま腰に下げてあった青竜刀を抜く。 黒い影は獲物をじっと待つのを止めたらしく、目を回したままのちぃーちゃんに、ゆっくりだが近づき出した。 「させるか!」 影より早く、ちぃーちゃんの傍に辿り着けたユエは、迫りくる敵を横一文字に斬りつける。 が、三線はすぐにユエの様子がおかしいと気づいた。 「わあ!?」 影は斬られた場所から霧のような黒煙を吹き出し、刀を黒く染める。 ――それは邪気の浸食だった。 青竜刀を握っていた右腕は、ほんの少しの間に影へ飲み込まれた。ユエは覚えていた時間遅延の呪文を叫ぶが、慌てたせいか韻を間違え、結果、敵の浸食速度を早めてしまった。 「三線、ちぃーちゃんを……早く避難、させ……」 「ちぅう!?」 三線が口でちぃーちゃんを押さえていなければ、その場に崩れ落ち、身体半分黒くなったユエの元へ飛んでいきそうだった。 仕方ないですね……。 三線は騒ぐ鼠の尾を甘噛みし、空を見上げる。 月はまだ隠れることなく煌々と輝いていた。 今なら大丈夫でしょう。 チリチリと皮膚が痛い。三線は月光を感じながら目を閉じる。 「ちぃ!……ちぅ?」 三線の異変を感じ取り、ちぃーちゃんは騒ぐのを止めた。 邪気とは異なる白い霧を身にまとう。 霧が晴れた時、真っ白な蛇の身体は邪魔な毛糸と一緒に皮だけになって足下に落ちていた。三線は手足を持った人間の姿に変化したのだ。 長い髪や肌の色、身につけていた薄い着物は白く、目も蛇の姿と変わらず紫色だ。だが今までなかったはずの四肢はしなやかに伸び、細い指はちぃーちゃんをつまみ上げた。 突然の出来事に、ちぃーちゃんは丸い目を益々大きく見開いて、三線の手の平に降ろされても微動だにしなかった。 「ちう……?」 「私の肩に捕まっていてくださいね」 三線は左手に月の光を集めると、手首をくるりと回しながら丸めて珠にした。 「ユエくん、目を閉じて。君には危害はないけれど念の為に」 今にも全身が飲み込まれそうなユエも、ちぃーちゃんと同じように呆けていたが、三線の言葉に慌てて両目を瞑る。 「邪気は蛇気に飲まれよ」 投げつけた珠は見事に影に命中。 閃光瞬く間に、邪気は最初から居なかったかのように姿を消した。 「さ、ん……しん?」 「ちううぅ〜!」 ユエの半身を浸食していた黒い影もまるで炭のように剥がれて消滅。そこへちぃーちゃんが飛びついた。しばらくは簡単には離れないだろう。 「……大丈夫ですか?」 大切な使い魔を抱きしめ、ユエは膝をつきつつようやく立ち上がった。顔面蒼白のまま三線を見上げ、睨みつける。 「お前っ、それは何だよ!」 「はい?」 「人間の姿になれるなら、さっさとやっつけて助けてくれよ! 第一、お前だけで買い物だって出来ただろ?」 「すぐ倒したんじゃユエくんの修行にならないでしょう? それに、満月の夜にたった五分なのでお買い物はちょっと無理ですね」 「……え?」 キョトンとするユエに、三線は笑顔を見せた。 「私はキリチョと同じように呪いにかかってるんです」 三線の言葉を理解出来ないのか、ユエは口を開けたまま立ち尽くしている。 「あ、でも私の場合はキリチョとは違って、昔悪いことして小さな蛇に変えられたところを、幼なじみだった鼓吹に助けられて今のぬいぐるみの姿になったんですけどね」 白虎族のキリチョは猫に、玄武族の三線は蛇に。呪いはそれぞれ別物だった。三線はキリチョのように一定の周期で姿が入れ替わることはなく、満月の光の下でのみ人間に戻れる。 とはいえ、たった五分ではあまり意味を成さないが。 ユエはかなりの衝撃を受けた様子で、より青白くなる。 「え……初耳……」 「そりゃあ、もう長いこと鼓吹の使い魔やってますから。人間だったことなんてすっかり忘れてますし。 ほら、もう時間です」 三線の身体から、再度霧が立ち上り始めた。また蛇の姿に戻ってしまう。だが、足下の脱皮痕から毛糸だけを尾でより分けながら、普段の三線のままで淡々と喋り続けた。 「これもね、慣れれば結構いいものですよ?」 「……三線知らなくてごめん。俺でよければいつでも手を貸すよ」 ユエはそれ以上言葉を続けられなかった。 うつむいて声にも覇気がない。元気のないそんな彼は見たくなかった。 「ユエくんが謝る必要はないですよ。私はキリチョや鼓吹のように君たちの成長が楽しみなんです。私の弟子ではないけれど、ずっと一緒にいるし、似たようなものですね。 みんな君たちの笑顔に救われてるんだから。だから笑ってくださいよ?」 彼は三線を見下ろして、しばらく考えた末笑顔を見せた。 「じゃあ……すぐにお前の背を追い抜いてやるから覚悟しなよ?」 「おはよう、三線」 目を開けると、いきなり鼓吹の顔があった。覗き込む目はいつもの微笑だ。 「……鼓吹、近すぎ」 すっかり目が醒めてしまった。 巻いていたとぐろを解いて身を伸ばそうとした時、ふと、身体が暖かいことに気づいた。 三線は違和感の主に目をやる。蛇の胴体を包むのは、筒型の……腹巻きだ。紫地に空色と金色の水玉模様というちぐはぐな色合いでまとめてあった。 「あの、これは……」 「君が這いにくそうにしてるから、汚れないようにね。黎明くんに習ってセーター作ってみたんだ」 贔屓目に見ても、セーターには見えない。第一、それなら部屋を片付けてくれればいいのに。 鼓吹らしい。三線は吹き出しそうになった。 「どんなのが気に入るか僕にはよく分からないから、色んなのを用意したよ?」 見れば、三線の寝ていたソファーのまわりに、大量の服が積まれてある。色とりどりの糸や布は、確かに昨日運んできたものだ。 「ありがとう、鼓吹」 趣味はともかく、鼓吹が時折見せるこんなサプライズを楽しんでいた。どこか抜けているけれど、彼なりに優しくて憎めない。 「いやあ、作り出したら楽しくて、気づいたらもう朝でねぇ。久しぶりだよ、みんなで徹夜したのは」 ――え、みんな? 問いかけより早く、台所から複数の声がした。 「タオルタオル! シルヴィなんかこぼしたでしょ、床がベトベトするよぅ?」 「クマタン、こっちにもちょうだい……あ、ちぃーちゃんありがとー」 「きゃー!? 見えない! ご主人様どこー?」 「お前、何でボウルかぶってんだ……こら、人参食うか林檎食うかどっちかにしろ!」 みんな。黎明とユエ、黎明の同居人であるクマタンがいるのは別に問題なかった。だが、とんでもないことに、黎明の使い魔の兎のシルヴィが三線の台所に居るのだ。目も当てられない状態が容易に想像出来た。 「可愛い子たちがホットケーキ作ってくれてるからもう少し寝てていいよー?」 「ねっ、寝てなんていれませんよ! 私の台所が!」 ソファーから落ち、急いで台所へ向かおうとする三線を、鼓吹は抱き上げる。 「鼓吹、あれ止めさせてくださいよっ! こんなサプライズは要りません!」 「えー? 三線てば、忙しないよねぇ……。僕の力作をもう少し見て欲しいんだけどなぁ」 鼓吹は三線を膝の上に降ろすと、否応なしに服を見せ始めた。 「三線は僕のプレゼントよりあっちの方がいいのかなぁ?」 一瞬珍しく見せた淋しそうな顔に、三線は観念した。 「……服、見せてください」 仕方ない。後でみんなが帰ったら片づけよう。かなり時間がかかりそうで、頭が痛い。 「ねぇーこの羽根付きの服着て見せてよ。あ、桃色のシャンプーハットとエプロンも捨てがたいんだよねぇ。それともこっちの緑色の帽子付きの毛虫スーツ? 僕とお揃いのリボンもあるんだよー」 光沢に輝く玉虫色のリボンを持ちながら、再び鼓吹はマイペースな笑顔を浮かべる。 これには大きな溜め息を、ひとつ。 ――それでも私は君たちが大好きですよ。 とりわけ、趣味の悪い鼓吹。君がね。 三線は苦笑のこもった震える声で答えた。 「断固として拒否します」 |
END
| 結構三線さんがお好みなので、書いてみました。 どんな悪いことをやったんでしょう? 鼓吹のおかげか、かなり丸くなったと思われます。 |